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2012年はタモリが司会!フジテレビ「27時間テレビ」25年間の歴史をまとめてみた

テレビ

タモリが今年のフジテレビ「27時間テレビ」の司会をやることが発表されました。嬉しすぎます。

フジテレビの夏の恒例番組「FNS27時間テレビ」の制作発表が24日、都内で行われ、10月に30周年を迎える「笑っていいとも!」をベースとした「FNS27時間テレビ 笑っていいとも! 真夏の超団結特大号! 徹夜でがんばっちゃってもいいかな?」(7月21日後6・30~22日後8・54)として放送されることが発表された。

フジ「27時間テレビ」司会はタモリ!最年長大役に淡々と抱負

毎年27時間テレビ内の「いいとも増刊号」に出ているから気づかなかったのですが、タモリがフルで司会するのは1989年以来23年ぶりなんですね。タモリも66歳なので、体力が続くか心配ですが、タモリ好きとしてはこの日は予定をいれずに応援したいと思います!

過去25年間の27時間テレビをまとめてみました

1987年(第1回) 「FNSスーパースペシャル1億人のテレビ夢列島」 総合司会:タモリ明石家さんま

この番組はチャリティーは行っていないため、最初の数年間は番組内でたびたび「募金は行っておりません」というテロップが出ていたが、勘違いして募金を放送局に持ってくる人もいた。

1988年(第2回) 「FNSスーパースペシャル1億人のテレビ夢列島'88」 総合司会:タモリ笑福亭鶴瓶

FNS各系列局が探した『おもしろ人間』を3分間のVTRにまとめて紹介するコーナーが番組内に設けられた。福岡・テレビ西日本が紹介したおもしろ人間は複数いたが、その一人にテレビ西日本でケーブルさばきのアルバイトをしていた当時大学生の松村邦洋がいた。

1989年(第3回) 「FNSスーパースペシャル1億人のテレビ夢列島'89」 総合司会:タモリ明石家さんま

番組開始から十数時間が過ぎ、タモリ・さんまが一番辛いであろう時間帯に癒しの企画として二人をジャングル風に仕立てたスタジオに招待した。そこでは鍼、鍼灸、整体、気孔などを体験したが、気孔を体験中、タモリが気のゆるみからかおならをしてしまった。タモリは「気が出た」と弁明。

http://www.youtube.com/watch?v=zSFhf-VXU5A

1990年(第4回) 「FNSスーパースペシャル1億人のテレビ夢列島'90」 総合司会:須田哲夫河野景子

この年から昼のBIG3の企画がスタート。今回は『ビッグ3おたく座談会』と題して昭和30年代の家のセットの中でトーク。当時タモリが船舶免許を取得、ヨット乗船中に額を強打し頭にガーゼをつけたまま登場。

1991年(第5回) 「FNSスーパースペシャル1億2000万人のテレビ夢列島'91」 総合司会:桂三枝有賀さつき八木亜希子

この年から伝説となった「明石家さんまの愛車車庫入れ」が始まる。

http://www.youtube.com/watch?v=JzefYnLwgR4

1992年(第6回) 「FNSスーパースペシャル1億2000万人の平成教育テレビ 総合司会:北野武逸見政孝

昨年度の仕返しとばかりにたけしの車にブロックをぶつけようと待ち構えるさんまの前に現れたのは、助六姿で自転車に乗ってやって来たたけし。あ然とするさんまを尻目にさんまの車に尺八を叩きつけ、自転車をぶつけるたけし。結局この年もさんまの車はボロボロに・・・

http://www.youtube.com/watch?v=jIpTu1aNkQo

1993年(第7回) 「FNS大サービスバラエティー1億2450万人の平成教育テレビ 総合司会:北野武逸見政孝

BIG3コーナーで明石家さんまの愛車レンジローバーのボンネットとバンパーが篠原勝之の作品になった。さんまの曲「ウイスキー・コーク」(オリジナルは矢沢永吉)も頻繁にかかった。また前年のたけしの「ダッタマン」もクイズとなって登場していた。

1994年(第8回) 「FNS総力スペシャル1億2500万人の平成夏休みバラエティー」 総合司会:北野武

この年のBIG3枠はホールインワン対決だったが、例のごとくたけしの暴走でさんまの車はボコボコになり、あげくの果てに車のキーも折られてしまった。またこの年からBIG3枠の司会は、亡くなった逸見に代わり川端健嗣アナが正月特番同様に担当。またこのコーナーのオープニングで川端アナに「来年はどうやって(総合司会を)逃げようかと、今から真剣に考えているたけしさんです。」と紹介されたたけしだが、結局来年も逃げられず司会をすることになる。

1995年(第9回) 「FNSの日 1億2500万人の超夢列島 そのうち何とか23時間」 総合司会:北野武明石家さんま所ジョージ笑福亭鶴瓶、ヒロミ、今田耕司東野幸治

早朝のマラソン中継中、東野が食事中のところを発見され、鶴瓶らにすかさず「どうでもええんじゃ!!」と逆ギレする一幕もあり、そのことからフジテレビから全国の視聴者に2万本に及ぶ抗議の電話が殺到し、一部視聴者から別名「東野事件」と言われるように至ってしまった

1996年(第10回) 「FNSの日十周年記念1億2500万人の超夢リンピック」 総合司会:北野武明石家さんま笑福亭鶴瓶

10周年記念と言う事もあり、司会者の面々(たけし、さんま、鶴瓶、所)に加え、タモリの長時間の出演など、第1~10回の集大成とも言える回だった。

http://www.youtube.com/watch?v=-hRhdULGYNk

1997年(第11回) 「疾風怒涛!FNSの日スーパースペシャルXI真夏の27時間ぶっ通しカーニバル 〜REBORN〜」 総合司会:ダウンタウン

放送当日に台風9号が直撃したため、番組内容を急遽変更した。野球中継が中止になり、「全国各地から船で27時間内に食材を運ぶ」企画も変更された。

http://www.youtube.com/watch?v=SdtXiZj6es4

1998年(第12回) 「〜てれずにいいこと・てれずに楽しく〜」 総合司会:中居正広

「ドミノを27時間以内に立てられるか」という企画が始まり、翌年から北広島市で連続して行われた(北海道文化放送が中継)。“倒れない車ドミノ”は特徴的。

1999年(第13回) 「〜てれずに楽しく・てれずに愛して〜」 総合司会:中居正広

タモリがドミノ監督として復帰。

2000年(第14回) 「〜家族 愛 Love You〜」 総合司会:中居正広

さんま・中居の今夜も眠れない」がこの年始まった。

2001年(第15回) 「FNS ALLSTARS27時間笑いの夢列島」 総合司会:なし 進行:西山喜久恵木佐彩子小島奈津子

『クイズ$ミリオネア』初の生放送では、明石家さんまがクイズに挑戦(当初応援ルームにいてクイズに挑戦する予定がなかった)。ライフラインのテレフォンで前妻の大竹しのぶに生電話。

2002年(第16回) 「FNS27時間テレビ みんなのうた 総合司会:みのもんた

笑福亭鶴瓶とココリコが山形県の飛島に向かい、放送時間内に何人の島民の夢を叶えられるか、という企画に挑戦。 ところが、深夜の「さんま・中居の今夜も眠れない」で入った飛島からの中継では、酒を飲んだ末に泥酔していた鶴瓶が、パンツ一枚の尻を丸出しにして寝ている様子が全国の茶の間に流された。無理矢理起こされた鶴瓶は突然、「若手時代のさんま駆け落ち事件」を暴露してしまい、鼻水をたらして笑うなど、見るにたえない状況が放送されてしまった(しかし翌年、前代未聞の大事件が起こる)。

2003年(第17回) 「FNS27時間テレビ みんなのうた 総合司会:みのもんた

笑福亭鶴瓶は前年の飛島中継で、酒を飲んで泥酔し、さんまの昔話などを暴露するといった問題を起こしたため、今回のオープニングでの長崎県・飛島中継の初出では「絶対に酒を飲みません」と公言した。しかし次の中継では既に村長と酒盛りをし、夜10時には「居酒屋つるべ」をオープンさせた。その後も隣に座ったおばあちゃんの乳を揉んだり、放送禁止用語を叫ぶなど失態を連発。 「さんま・中居の今夜も眠れない」で飛島に中継が入った際には、鶴瓶は生放送中にも関わらず泥酔して寝てしまっており、午前2時18分、中居正広に呼ばれ起き上がった瞬間に局部を露出してしまう。一緒にいたココリコの遠藤章造やスタッフが座布団等でフォローをしていたが、結局映ってしまった。

2004年(第18回) 「FNS27時間テレビ めちゃ²オキてるッ! 楽しくなければテレビじゃないじゃ〜ん!!」 総合司会:ナインティナイン中居正広

加藤のマラソンは88km地点で番組が終了。その後フジテレビまで走った(その模様は後日の「めちゃ²イケてるッ!」で放送された)。 台本ではボクシング企画中にゴールする加藤に対し「なんでここにいるの?」という空気でグランドフィナーレにつなげる予定だった。

2005年(第19回) 「FNS ALLSTARS あっつい25時間テレビ やっぱ楽しくなければテレビじゃないもん!」 総合司会:笑福亭鶴瓶

総合司会の鶴瓶は過去のFNSの日で数々の「事件」を引き起こしていた。そのため、制作発表で「本番中に酒を飲まない」「本番中に寝ない」「本番中に脱がない」「本気で怒らない」「1つでも多くの企画を実行する」ことを約束させられた。

2006年(第20回) 「FNS26時間テレビ 国民的なおもしろさ!史上最大!!真夏のクイズ祭り 26時間ぶっ通しスペシャル」 総合司会:中居正広

テレビ大分での放送は今回を最後に行われていない。

2007年(第21回) 「FNS27時間テレビ みんな なまか だっ! ウッキー!ハッピー!西遊記!」 総合司会:香取慎吾

ハッピー筋斗雲内の企画「江原啓之、新潟の女性訪問・亡き父親からのメッセージ」で、出演した一般人女性に江原が霊視を行い江原が受け取った「亡き父親からのメッセージ」に女性が涙する映像が放送された。しかし、番組で紹介された「女性からの相談の手紙」は番組側で作成したものであり、女性の経営する美容院が「経営難」であるとする事実に反した内容であった。そのため女性は「自分や周囲の人たちが傷つけられた」と抗議し、放送倫理・番組向上機構がこのコーナーの制作に倫理違反があったとして、2008年1月21日、局に意見書を手交した。

2008年(第22回) 「FNS27時間テレビ!! みんな笑顔のひょうきん夢列島!!」 総合司会:明石家さんま

今回の番組テーマは「笑顔」。基本的にはBIG3の出演等、FNS27時間テレビの原点にかえった内容で、タイトルにも初期のFNS27時間テレビで用いられた「夢列島」を加えている。 明石家さんまの総合司会とビートたけしの12年ぶりの出演は、「オレたちひょうきん族」のディレクター、三宅恵介が定年退職前の記念にもう一度ひょうきん族をやりたいとさんま・たけしに出演をオファーしたのがきっかけである

http://www.youtube.com/watch?v=IXe5L7cJ2P0 http://www.youtube.com/watch?v=-QtRh_tADNw

2009年(第23回) 「FNSの日26時間テレビ 2009 超笑顔パレード 爆笑!お台場合宿!!」 総合司会:島田紳助

最後は島田が中村に何らかの耳打ちをしている姿で幕を閉じた。

2010年(第24回) 「FNSの日26時間テレビ2010 超笑顔パレード 絆 爆笑!お台場合宿!!」 総合司会:島田紳助

テーマソング大合唱終了後、紳助は「このメンバーで『26時間テレビ』をやることはもう2度とないでしょう」と述べた。

2011年(第25回) 「FNS27時間テレビ めちゃ²デジッてるッ! 笑顔になれなきゃテレビじゃないじゃ〜ん!!」 総合司会:ナインティナイン中居正広

地デジ完全移行数分前から説明や地デジ移行へのいいともコールとカウントダウンを行い、正午に東北3県を除く全国で地デジ完全移行。それと同時に「地デジでいいとも!」としてタモリと岡村を加えたいいともAD隊で地デジ移行をイメージした「ウキウキWatching」の替え歌「地デジ化Watching」を歌い地デジ化完全移行を祝した。 完全移行が延期された東北3県の岩手めんこいテレビ仙台放送福島テレビとは生中継をつなぎ、アナログ放送が続いていることを説明した。

http://www.youtube.com/watch?v=GE9vB0vgQtI

今年の27時間テレビも楽しみです!

出典:FNSの日(Wikipedia)

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